2008.02.27

電波時計

今日南大沢のアウトレットで電波アラームクロックをかった。

家に帰ってから時計に電池をいれて、
ちっこくて引っ込んだリセットボタンを爪楊枝で、

プッシュ!!

プッシュしたとたん、午後12:00のお正月になった。
大丈夫かな、大丈夫かなと覗き込んだ。

すると。。。

アーラ不思議。三分後には時間も日付もセットされちゃった。

すごーーーーーい!!!!

電波。えらい。

一日中、日付とか時間とかこの世の中にあふれてるわけね。
よく考えたら、携帯電話だって電波だね。


びっくりだ。ああ、びっくりだ。


2008.01.19

阪神淡路大震災 写真など。

↓2006年の10/31に、殿の父上、Aじい様の阪神淡路大震災の記録をアップしましたが↓

阪神大震災の記録 Aじい大活躍。Aばあはこのように守られた。はず。

当時の写真を借りてきました。

20080119150821.jpg


これが日本で、平成7年におきた出来事だというのが
今でもとても信じられません。

高速道路が倒れました。
マンションの1階部分がつぶれています。
古い家も、駅の近くのコンビにも倒壊してしまいました。

20080119150851.jpg


倒壊した家で道がふさがり、電線が下がっています。
これでは救急車も消防車も進むことができません。

なんとか、無事に揺れを乗り切ったあとでも、
マンションの場合は特に、入り口扉がゆがんでしまうと、
家から出られなくなってしまうかもしれません。

今の私の家の入り口がゆがんでしまったらどうなるんだろう。
ベランダは隣の家とつながっていないので、
非常脱出口から逃げるしかない気がする。

水を運び上げることはまず無理。
家からでることができたら
とりあえず避難できると思いますが、
高層マンションに住んでいる人は、
家から出られなくなったら大変と思いました。

下の写真は、Aじい様の書斎だった部屋です。
寝室は別だったので良かったです。
扉が、廊下から部屋の方へ内側に開くタイプだったのですが、
扉の近くの本棚が倒れてしまったため、
様子を見ようにも、部屋に入ることが
できなくなってしまったそうです。

扉を壊して部屋に入ってみたら、こんな状態だったようです。


20080119150906.jpg


日ごろからの備えが必要とは、頭では分かったつもりでも、
こうやって写真を見せてもらうと、
大地震は思っているより何万倍も
恐ろしいことだなあと感じます。

☆☆☆  ☆☆☆  ☆☆☆  
一日半電話が通じずに、あちらとは連絡が取れなかったのです。
テレビでは一日中倒壊したマンションや
神戸の火事、高速道路の映像が流れているのに、
肝心の三人が無事なのかどうなのかまったく分からないまま夜になり、朝になりました。

18日の昼、近所の公衆電話からAじいさんからの電話があり、
やっと一安心です。
大阪に住んでいたナディア姉さんたちが見に行ってくれることに
なっていましたが、出発直前に無事を知らせることができました。

大阪のナディア一家が、水やカセットコンロ、その他もろもろの
重い荷物を背負って、不通になった電車の線路沿いを10キロ以上も歩いて様子を見に行きました。
家の中では、ガラスや壊れた陶器片で大変なことになっている
部屋を掃除したり、倒れた戸棚やたんす、ピアノを起こしたり、
あかなくなった扉をナタだかのこぎりで壊して
部屋に入れるようにしました。
あの手足の細ーーいお姉さんが。すんごいパワー。。

しかし、生まれ育った町、家がこんなになっちゃって
悲しかっただろうなあ・・・。

2007.02.16

護身術

地元のコミセンで女性のための護身術の講座を受けました。

護身



イヤーーためになったです。
小学校や中学校で、親子でやったらいいと思う。
護身術って、武術のような技だけとおもってたんですが、自分を守るためには、武術を習う前に、まずは自分の心の力をつけることが大事なんだそうです。

町で出会う暴力だけでなく、親しい間柄におこっている理不尽な暴力にたいしても、抵抗するぞと思うことが大事だと分かりました。

不快な事がおこりそうな時に気付いて回避する力が、老若男女、日本全国、もしかして、最近弱くなっているのかな。それとも、悪人がふえているのかなあ。

講座を通じて、その護身の心得を学ぶ必要があるなあと強く感じました。

20070216091020.jpg



セルフ・ディフェンス―あなたは正しい

内容(「MARC」データベースより)
かつては「世界一安全な国」といわれた日本も、いまや連日のように女性や子どもが狙われている。いざという時、1度きりの攻撃で100%の力を出し、自分の身を守る「女性のための護身術」を、写真入りで紹介する。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
橋本 明子
カナダで開発された女性のための自己防衛プログラム「WEN‐DO」speaker’s bureau資格を2002年8月取得。指導普及のためのワークショップを行なっている。1995年より子ども虐待防止活動に関わる。セルフカウンセリング初級講座修了。CAPスペシャリスト

 
2006.10.31

阪神大震災の記録 Aじい大活躍。Aばあはこのように守られた。はず。

Aじいは、ついこの間のボンクラ会(高校の同窓会)の記念文集用に、阪神大震災の原稿を出しました。関係者だけで読むのはもったいない記録なのでブログにアップすることにしました。


阪神大震災

 平成七年一月十七日未明、何故か今日午前中の母子揃っての心臓検査予約日のことが気にかかり、寝惚け眼をこすった瞬間にガタガタと言う音で地震が来たなと思った瞬間に、グワンともっと大きな音が聞こえてきたのです。これは一寸違う。危ないのではないかと反射的に隣に伏していた妻を抱きかかえ、布団もろとも下にもぐり込めと、声を上げたが、声にならず。そのときです。これが地震というものかと思うほど、地底より異様な轟音とともに、螺旋状に突き上げてきたのには驚く暇もなし。押し上げられたり、揺さぶられたりが一瞬の間に起きたのです。

 何が起きたのか、何が何だか分かりません。やっと収まったかなと思って辺りを見回しましたが、まだ暗くてよく見えません。

 体が動かず。でも手だけは動いたので、手探ってみたら、横にあった紫檀の茶箪笥が倒れてお腹の上に乗っています。重かったわけです。頭の上でなくて助かりました。

 だんだん様子が分かってみると、寝室にあったあらゆるものが落ちている。洋服ダンス、人形ケース、和洋額縁や卓上ミシンまでが落ちていたのです。布団の上はガラスの破片だらけだと分かったので、うかつに起き上がると怪我をするからと、私がゴソゴソとやっと這い出して、倒れた茶箪笥を少しずつゆすって動かし隙間を空け、その間に妻も這い出ることができました。

 母はベッドの光背が支えになり、たんすの上に乗せてあった若干の箱が掛け布団の上に落ちただけで、怪我をせずに済みました。

 そうこうしているうちに白々と明るくなって来て、応接室の様子がもっとよく分かってきました。大きくて重い本棚二本は倒れ、ガラスの戸が割れ、本が飛び出して散乱。ピアノまでが一メートルほど動いて仰向けになているのには一驚。テレビは運よく台車付きのため、部屋の端から橋まで動いていたが倒れなくて助かりました。しかしその他の棚にあったすべての陶器類、置物等が落ちて割れてしまいました。

 台所も棚は全部倒れ、瀬戸物やコップ類のすべてがきれいに割れて山積み状態。呆れるばかりです。書斎の入り口は開かず、内部がどうなっているか不明なので、貴重品の状態が心配でした。玄関の戸は壊れずに開きました。「大丈夫ですか」と言い合う声が飛び交い、マンション内の三十六軒、約100人の人々はお互いに顔を見合わせ、ほっと一息。

 一方、テレビではもっとひどい状況が映し出されていたのです。一歩外に出てみると隣の家が倒れ、またその隣の家も倒れ、道をふさいで通れません。150メートルほど先の高速道路が横転して郵便局その他の建物を押し倒さんばかり。一体あの瞬間に何が!あの二十秒の間に何が!

 阪神芦屋駅に駆けつけてみたら、駅舎はともかく軌道の一部が跳ね上げられ、線路はグニャグニャと「く」の字型にへし曲がり、無論交通不能。芦屋川の右岸側の高級住宅群は倒壊。すぐ西側のマンション群は三階を中心に腰砕け状態で全、半壊。左岸近くの市役所も半壊状態なるも、近隣の被災者続々の殺到、見るも哀れと言う他なし。

 東京や大阪にいる家族達に連絡しようとしても、電話が通じません。

 翌十八日、連絡がつかないまま大阪にいる娘一家が見舞いに来ました。電車も阪神電車が梅田から甲子園までしかつうじていないのを承知で、水、食料、簡易コンロなどなど沢山の品を持てるだけ持って、甲子園から芦屋までの長い道のりを夫婦と息子たち四人で背負って持ってきてくれたのです。玄関で私たち三人の顔を見てやっとほっとした様子でした。部屋いっぱいに散らかっているのには唖然としていました。さっそく彼らに大物を動かしてもらい、何とか前にあった位置に置きなおしてもらったのです。

 やっと一週間ほどして、電話が通じ、親戚や友人との交信で安否確認。しかし、ガス、水道の復旧がままならず。病母の苦哀を察し、娘の婚家宅に老人三人の逃避行。約一ヶ月余りとなる。特に印象に残ったのは、在日韓国者若者ボランティア、岡山、富山、長野県の中小都市救援隊、真宗系仏教団体等の給食活動であった。

 災害は忘れた頃にやってきた。のんきな関西人にとり耐え難い衝撃であった。通称「淡路、有馬、高槻活断層」に起因する、中心が神戸市東部、芦屋市、西宮市周辺の地震である。マグニチュード7.2、死亡者六千六百名負傷者数万、全半壊家屋十万戸以上となる。

 四十二年ぶりで曾遊の地に舞い戻って気づくことは関八州に地震の多いこと。

 歴史に学ぶべきか。更なる官民協力の耐震対策を中心とするあらゆる被害対応策を期待する。

1703年 元禄大地震    M8.2 303年前 南関東
1707年 宝永大噴火    M8.4   299年前 東南海地震
1854年 安政東海地震   M8.4   152年前
1855年 安政江戸地震   M6.3   151年前
1923年 大正関東大地震  M7.9    83年前
1944年 昭和中南海地震  M7.9    62年前




2006.08.06

理科の自由研究はどうするどうする

またしても、私はどえりゃあサイトを見つけてしまった。

その名は中学理科の攻略☆りかちゃんのサブノート

全部を見たわけではないが、このリンク集は凄いと思う。
いくつか見たけど、奥が深ーーーーいです。

理科が好きな人はリンク集を探検してみてみー。

こういうサイトを作った人はホーンとエライ。

リンク先に対するコメントが地図みたいに役に立つしねえ。


でっかい図書館一人でつくっちゃったみたい。

そー思いません?





2006.05.18

Brain Pop: アメリカの子供向け優良教育サイト

再び、脳シリーズです。ブレインポップ。
exite翻訳によると脳のポップス、ライブドア翻訳だと脳ポップ
テンポのよいサイトという雰囲気がよく訳せていますね。意味違うけど。

ここでは、で、ティムとモービーがお友達の質問に答えます。
英語の好きな方はクイズにも挑戦してみてください。
気分はすっかりアメリカの小学生

有料らしいんですけど、1日二つか三つはムービーがただで見られます。
science, social studies, math, english, health, technology
お好きな分野のムービーが、あなたの脳を刺激してくれることでしょう。
わたしはヘルスとサイエンスが好きでした。


brainpop.com


2006.04.14

銀座 伊東屋 3Dシャドーボックスアート展

3Dシャドーボックスアート展


今日は銀座の伊東屋まで、3Dシャドーボックスアート展を見に行ってきました。友人がシャドーボックスの先生で、作品を出しているからなんです。私は一人で行くのもなんですから、息子のママ友達も誘っていきました。ママ友達は以前シャドーボックスの講師もしていたし、プロなんですよ。近い友人に二人もシャドーボックスのプロがいるなんて、そうそうないじゃない?
なんか誇らしい。♪このきもちはなんーだろー。このきもちはなんーーだろーーー。♪

アートは美しい。優雅だ。しかし、作っている時は指にタコができたり、目が辛かったり、家事との両立に苦しんだりと、優雅からは程遠くなるんだそうですよ。美しい技は、血と涙と汗からできている、努力の結晶なのね。きっと。

案内が伊東屋のホームページにありました。
http://www.ito-ya.co.jp/communication/event9f.html#s3

3Dシャドーボックスアート展 体験レッスンもあるようですね。

もし興味のある方がいらしたらどうぞ♪

それに、伊東屋って文房具王国ですね。1日いても飽きないねーきっと。
今回は時間がなかったので、隣のビルにある「パピエリウム ギンザ」
でショッピング。コスモス型穴あけパンチとエンボス用の金属のプレートを買いました。
何に使うか、なーーんにも考えてません。すてきだったんだもーん。
自分に、銀座土産。

↓は伊東屋のホームページにのっていた案内。
上のリンクについていたテキスト部分です。
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3Dシャドーボックスアート展
4月14日(金)〜4月21日(金)
※最終日:午後6時閉場

複数枚の同じ絵柄のカードやプリントを部分的に切り取って立体的に組み立てることにより、平面の絵を立体画に作り上げる工芸を「3Dシャドーボックスアート」といいます。
今年も9人のクリエイターと仲間達がそれぞれに個性を発揮しながら、絵画やイラスト原画のほかトランプ、浮世絵を使った作品など、3Dシャドーボックスアートの更なる可能性を開拓しています。
今回の見所は丸くデザインされた日本の花のプリント約50種を使ったフレンドシップ作品です。
技法の違いを越えて、約40人の技の調和が見事なまでの「日本の美」を表現しています。
日々進化し続ける3Dシャドーボックスアートの世界へ、是非足をお運び下さい。

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友人のシャドーボックスのホームページ。女性必見です。
メルヘンシャドーボックス